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2008年12月16日

介護の社会化はどうなっていくの?


介護の社会化はどうなっていくの?
生活保護の原理のひとつに「保護の補足性原理」がある。

これは「保護は、生活に困窮する者がその利用しうる資産・能力・その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律の定める扶助は、全てこの法律による保護に優先して行われるものとする。」ということを意味する原理で、生活保護法が最後の生活保障の制度である(最終的なセーフティーネット)と意義づけるものである。

一方、介護保険制度にはこうした補足性原理は存在しない。各法との適用関係で、介護保険制度利用が優先適用されたり、他法のサービスが適用されたりする(例えば厚生労働大臣が定める疾病の方は、訪問看護が医療保険になる。)というルールが存在するだけである。

また介護保険制度というのは高齢者福祉制度の中で、すべてのサービスを網羅したものとは言えず、居宅介護支援事業所のケアマネジャーがケアプランを作成する際には、総合的な生活支援の視点から、必要に応じて、その計画に介護保険制度以外のサービスも組み入れることが求められる。

例えば制度外の配食サービスとか、豪雪地帯の冬季間の支援としては介護保険制度サービスが対象としていない除雪のボランティアや、地域のインフォーマルサービスなどがこれに該当する。

しかしながらその意味は、あくまで保険制度では足りないサービスを制度外の様々な社会資源を利用者に結び付けて課題解決につなげようという意味であり、インフォーマルサービス等があれば「それを利用しなければならず、それでも足りない部分を介護保険制度で補う」という意味ではない。

ここの違いを理解しなければならない。

居宅介護支援事業所の介護支援専門員が利用者のサービスの計画(ケアプラン)を立案するという意味は、サービスを現物給付化する手段という意味があるが、同時に自立支援のために専門的見地から必要なサービスを利用者に結び付けるという役割としての意味もある。

この際、同時に必要のないサービスは、単なる利用者の希望というだけの理由では計画しないという見地は必要不可欠である。それは単なるデマンドではなくニーズの抽出が重要で、それに対応する社会資源を結び付けて利用者を支援するという意味である。

しかしこのことを極端に狭く解釈して、ケアマネジメントがあたかもサービス利用制限の手段であるような理解をしている関係者(特に行政職員)が存在する。ここが問題である。

利用者の希望=ニーズではないが、同時に、利用者の希望=デマンドともいえない場合がある。

ケースによっては、利用者の希望こそ、専門家が気付きにくいニーズであったりする。つまり時として、利用者の希望=潜在的ニーズ、あるいは、利用者の希望=主観的ニーズ、という場合があるのだ。

例えば「身体介護中心型の通院介助」や「通院等乗降介助」について、これを家族の付き添い能力・支援能力の有無で判断することを求める保険者担当者が数多く存在する。家族が付き添える、あるいは支援できる通院介助を計画してはならないという指導である。

一見、これは「適正給付」という観点から正しいと勘違いされがちであるが、本来の介護保険の創設理念からは著しく逸脱した考えである。

例えば訪問介護における生活援助は原則的に同居家族がいる場合は算定できないものの、身体介護はそうではない。

そして通院等乗降介助の解釈通知老企36号第2の2の(6)のCには「利用目的について通院等の為とは、身体介護中心型としての通院・外出介助と同じものである」と書かれている。

その前提を考えたとき家族が通院の際の介助は可能だけど、自分がすべてそれを担うという状態から「解放してほしい」、あるいは利用者自身が「自分がサービスを使える権利を利用して、家族の負担を減らしたい」としたとき、それが単なるデマンドでニーズではないと言い切れるのだろうか?

家族の能力に最大限頼ってしまわないで「頑張らなくても続けられる」介護支援を考えるなら、家族の支援能力があるから計画は不適切というケアマネジメントの「答え」にはならないだろう。

介護保険制度の創設理由の一つは家族に介護負担を押し付けないで家族介護から社会全体での介護支援に変換するという『介護の社会化(介護問題という普遍的なリスクは全ての人が持ちうるもので、「リスクの共同化」という面からも介護を社会化し、介護者そして被介護者の負担を減らすべきであると考え)』が理念として掲げられ、介護をできる家族がいても、介護保険サービスは国民の権利として、被保険者の権利として利用できることになっているはずである。

社会保障審議会の答申でも「自己責任」の原則は明示しているが、家族の介護能力の全能力を活用した家族責任を求めているわけではない。

介護の社会化という理念を建前に終わらせることがないように、適切なニーズの把握が求められるのは、現場の介護支援専門員に能力が求められる以前に行政担当者の方にそれが求められるというのが本当のところであろう。

給付費適正化事業を給付費抑制化事業と勘違いしていないかを、もういちど考え直してほしい。
posted by けいけいちゃん at 20:06| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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